2018-01-01から1年間の記事一覧

断章十五

翼 幾度も渡った跨線橋が師走だけは少しだけ華やいで見えたのは気のせいだったか。東京で一番地味なターミナル駅には谷中墓地の精霊たちが住んでいる。そんな当たり前のことを知らずにいた。雪が降ればいいのにと思った。でも東京に雪はふらない。 列車の扉…

断章十四

三島由紀夫の「翼」を読んだのは高校入試前の模擬試験問題だっただろうか。通学途中の電車で背中合わせで立つ高校生の男女が、お互いの背中に翼があることを予感しながら振り返ったら慕いあっていたいとこ同士で、という内容だったと思う。短編だったのに、…

20181027

ぼくの書くものを創作と読んでいいのかわからないが、今週に関しては何も着手できなかった。敢えて挙げるなら某雑誌へ短歌投稿の葉書をだした。作品以前に字が汚いので通らないだろう。投稿は皆原則未発表作品。その関係もあってこのブログには載せられない…

traveling

英文科の女の子、なんていうのは世間に掃いて捨てるほどいるだろうが、ぼくの車の助手席にそんな属性を持った女性が乗っていることに対して、言いようのない違和感を覚えながら、ハンドルを握っていた。職場の同僚とご飯を食べた後で、たまたま帰る方向が同…

漫画『聲の形』を読む(1)

「さよならは別れの 言葉じゃなくて / 再び逢うまでの 遠い約束」という歌詞があったが、漫画『聲の形』は本当にくるかわからない明日のために、何度も「またね」を繰り返すお話だった。主人公石田将也とヒロイン西宮硝子の間にある共通の言語は「手話」であ…

ドライポイント

夕方には真っ赤な太陽と富士山が見える3階の踊り場から中央階段を降りると公衆電話があって、その横に夏の花を活けた花瓶を描いた精緻なドライポイントが飾ってあった。県の展覧会で最優秀の賞を取ったらしい。三年生の名前が下に記されていて、その人がどん…

断章十三

1998年の京成線は完全週休2日になっていたから、土曜日の朝はガラガラだった。一眠りして目を覚ますと、京成小岩駅あたりで、美しい女が待っていて、ぼく以外いない車両で当たり前のように隣に座った。特に派手な感じもなく、だからといって堅いといった印象…

断章十二

糸電話 糸電話を覚えていますか電気もないのによく聞こえるでしょう顔が見えないから怖くないでしょうだから本当のことを聞かせてください 言葉の嘘を知っていますか愛してもいないのに好きだとか言うでしょう顔も見えないのに信じたりするでしょうだからや…

断章十

佐久間みゆはぼくが1年目に恋をした3人の中で一番最後に現れた。「クラスの名簿ができたよ」さおりはいつも明るかった。初めて好きだと言った日と比べて髪も伸びて女の子らしくなっていた。 その数日前、学生食堂へ向かうなだらかな坂道で、ラクロスのラケッ…

断章九

「おおかみさんになっていい?」なんでそんなことを聞いたのかわからない。多分陽子との関係性に苛立ちと言うか違和感というかそういうのを感じていたのかもしれない。「ひつじさんでいて」陽子は呆れすぎていつになく低い声で答えた。言われてみればぼくは…

断章七

東京は雪が降らない 東京は雪が降らない雪の中のあなたを知らないでも寒い時期のあなたしか知らない 喉元の重み冬の空が垂れ込んでくる 戦争を知らない知りたくもない多分ぼくたちは戦わないベルリンの壁が壊れたから戦争は起こらない 校門へとつづく坂道に…

京成本線

ぼくは生きてきた時期をその時よく乗った電車の色でイメージしている。別にそれを読む人に押し付けようとも思っていないが、少なくとも自分自身がそういうふうに遊んでいる。高校時代までに乗っていた電車は赤色ということにしている。京成本線は銀色の車両…

さくら通り

新宿の歌舞伎町でも、さくら通りが好きだ。人の匂いがする。きっと血液の匂いが混じっていたとしても驚かない。18の時はじめてきた。パチスロ屋の前に並ぶとポン引きが話しかけてくる。「この店ははじめてかい?朝いちだけだから気をつけな」中国人、東南ア…

月下美人

月下美人という花を見たことがあるだろうか。 「あら、ちょうどいいところに来たわ」いつも歩く道で見知らぬ女性に話しかけられた。外は月明かりばかりで、暑い昼間を忘れさせるほど静かな夜だったのに、女性は白地に紫陽花に染められた浴衣姿で団扇を仰ぎな…

断章六

あなたのことをいつ発見して、いつから同じ電車に乗り始めたのかについて、全く覚えていないことに気づいた。田舎の高校から通っていたぼくは、中川の手前で通勤快速から真っ赤な各駅停車に乗り換えていた。もともとは同じ駅で急行を待っていたはずだったが…

序章 あるいは回収できなかった手紙について

たった500回同じ電車に乗ったあなたと同じになるためだけに乗った赤色の鈍行後ろ姿と白いふくらはぎしか知らなかったあなたは朝の風景だったし、手紙を渡したのは冷たい灰色の壁の前であなたの肌と黒い髪とセーラー服と赤いマフラーしかない色彩の場所であな…

的中祈願隊

パドックへ向かう途中、有人窓口の前に若い女が立っているのが見えた。的中祈願隊というふざけたメンバーの一人だ。馬券を買うと「当たりますように」と手を握ってくれる。まるで地下アイドルの握手会のようなものだ。僕のように独り者にはオアシスのような…

20180818

東京、といっても僕はその外れに住んでいるので、自分が東京人とは03で始まる市外局番以外に意識したことはないのだが、ふとした瞬間にここは東京なのだと気付かされることがある。 庭に羽根が落ちていた。 故郷では羽根を見つけることはそれほど珍しいこと…

断章四

異国の地で迷った。店の前に立っていた二十歳ぐらいの女性に声をかけた。慣れない北京語で駅はどこか訪ねた。女は笑顔で答えてくれた。けれども聞き取れなかった。女はやっぱり笑ったままで信号を指差し、手振り身振りで教えてくれた。でもわからなかった。…

断章三

駅前の街で一番おしゃれな通りを二人で歩いた。誘ったのは陽子の方だった。用事があるからついてきて欲しいという話だったと思う。彼女はリボンの付いた真っ白なコートを着ていた。華奢な体によく似合っていた。きっと今の僕だったらそんな彼女を褒めたり、…

20180726

夏風邪が治らない。休むほどではないが仕事に身が入らない。就寝時のクーラーが悪いのかもしれない。競馬場通いをやめてジムで運動をしている。少し歩いたり自転車を漕いでいるだけだ。運動をしていると時間を忘れる。頭にこびりついた思考が剥がされるので…

断章二

僕は生涯で一通だけ書いたラブレターのことばかりかんがえていて、そのことはいずれ何らかの形で書くことになるのかもしれないが、よくよく考えると、そのラブレターを書く前に、僕自身が逆にそれをもらったことがあり、かつそのことをすっかり忘れていた。…

断章一

梅雨頃だったか、曇っていたが雲に日が反射して眩過ぎる印象的な午前、地理学の課外授業で街を歩いていた。何を教わったのかは忘れてしまったが、帰りの一方通行路にパトカーやらテレビ局やらが集まっていたのはよく覚えている。毒ガスが撒かれた。他学部の…

デジカメデータ

昼頃起きるとハードディスクから何やら音がしている。そこで再起動をしてみると随分と時間がかかるので、システムドライブが逝ってしまったかと思ったが、逝ってしまったのはデジカメのデータを保存していたセカンドドライブの方だった。 文章にしろ写真にし…