2018-09-01から1ヶ月間の記事一覧

断章十二

糸電話 糸電話を覚えていますか電気もないのによく聞こえるでしょう顔が見えないから怖くないでしょうだから本当のことを聞かせてください 言葉の嘘を知っていますか愛してもいないのに好きだとか言うでしょう顔も見えないのに信じたりするでしょうだからや…

断章十

佐久間みゆはぼくが1年目に恋をした3人の中で一番最後に現れた。「クラスの名簿ができたよ」さおりはいつも明るかった。初めて好きだと言った日と比べて髪も伸びて女の子らしくなっていた。 その数日前、学生食堂へ向かうなだらかな坂道で、ラクロスのラケッ…

断章九

「おおかみさんになっていい?」なんでそんなことを聞いたのかわからない。多分陽子との関係性に苛立ちと言うか違和感というかそういうのを感じていたのかもしれない。「ひつじさんでいて」陽子は呆れすぎていつになく低い声で答えた。言われてみればぼくは…

断章七

東京は雪が降らない 東京は雪が降らない雪の中のあなたを知らないでも寒い時期のあなたしか知らない 喉元の重み冬の空が垂れ込んでくる 戦争を知らない知りたくもない多分ぼくたちは戦わないベルリンの壁が壊れたから戦争は起こらない 校門へとつづく坂道に…

京成本線

ぼくは生きてきた時期をその時よく乗った電車の色でイメージしている。別にそれを読む人に押し付けようとも思っていないが、少なくとも自分自身がそういうふうに遊んでいる。高校時代までに乗っていた電車は赤色ということにしている。京成本線は銀色の車両…

さくら通り

新宿の歌舞伎町でも、さくら通りが好きだ。人の匂いがする。きっと血液の匂いが混じっていたとしても驚かない。18の時はじめてきた。パチスロ屋の前に並ぶとポン引きが話しかけてくる。「この店ははじめてかい?朝いちだけだから気をつけな」中国人、東南ア…

月下美人

月下美人という花を見たことがあるだろうか。 「あら、ちょうどいいところに来たわ」いつも歩く道で見知らぬ女性に話しかけられた。外は月明かりばかりで、暑い昼間を忘れさせるほど静かな夜だったのに、女性は白地に紫陽花に染められた浴衣姿で団扇を仰ぎな…

断章六

あなたのことをいつ発見して、いつから同じ電車に乗り始めたのかについて、全く覚えていないことに気づいた。田舎の高校から通っていたぼくは、中川の手前で通勤快速から真っ赤な各駅停車に乗り換えていた。もともとは同じ駅で急行を待っていたはずだったが…