序章 あるいは回収できなかった手紙について

たった500回同じ電車に乗った
あなたと同じになるためだけに乗った赤色の鈍行
後ろ姿と白いふくらはぎしか知らなかった
あなたは朝の風景だったし、
手紙を渡したのは冷たい灰色の壁の前で
あなたの肌と黒い髪とセーラー服と
赤いマフラーしかない色彩の場所で
あなたに会えたことさえ奇跡なのに
帰りの電車の501回目に
飛び込んできたあなたを
つかまえられなかった

たった100回だけ死のうと思った
なんの目的もなく踏み外した赤色の鈍行
そのたびにあなたから逃げなければよかったと
ぼくは大人になったし
死のうと思ったのは道玄坂の交差点で
府中の桜の木の下で、
高速道路の軽自動車の中で
目を瞑ったぼくが生きていることさえ奇跡なのに
帰りの電車の502回目に
飛び込んでくるあなたを
つかまえられる自信がない

聞いてほしかった、ぼくのことを
神宮でタイムリーを打ったことを
バンコクの中心で迷子になったことを
年が明ければセンター試験を受けることを
一人暮らしをはじめることを
飛び乗ってきたあなたがかわいかったことを
こんなかわいい子に恋をしていたなんて
それまで知らなかったことを

聞いてほしかった、未来のことを
4月には花が咲かずに雪が降り出す街で
サリンが撒かれて死に損なったことを
お尻の大きな女の子にふられたことを
アルプスに沈むむらさきの空の
美しさと寂しさで泣いたことを
あなたと同じ東京の人になったことを
手紙を渡した場所に一度だけ行ったことを

詩を書きはじめたことを
職場にあなたと似た子がいることを