断章十五

幾度も渡った跨線橋が師走だけは少しだけ華やいで見えたのは気のせいだったか。東京で一番地味なターミナル駅には谷中墓地の精霊たちが住んでいる。そんな当たり前のことを知らずにいた。雪が降ればいいのにと思った。でも東京に雪はふらない。

 

列車の扉が閉まる。

 

その刹那、バタバタバタと黒く美しい翼を羽ばたかせ、鳥が、ぼくの目の前に飛び込んできた。鳥は翼を小刻みに震わせながら、少しこちらを見たように思えた。翼の黒色は限りなく青く輝いていたが、存在はどこまでも灯りの白さに溶けていた。羽根が擦れる音以外は聞こえない。鈍行は東京という闇のトンネルを流れている。車内はあまりに眩しかった。

 

ぼくは背中を向けて立っていた。血が逆流する、いや止まってしまっていたのかもしれない。鳥もまた背中を向けていた。翼はかすかに濡れているようにも見えた。

息を殺した。

ぼくは鳥を捕まえなければならなかった。生き物の生ぬるい感触を想像した。いや、そのぬるさは多分死の温度だった。死にだけに許されたような冷たさに触れるのが怖かった。死んだものが生き返ることに怯えていた。鈍行は東京という闇のトンネルを流れている。車内はあまりに眩しかった。

 

ぼくはその鳥を朝も見たのではなかったか。
いや、毎朝見ていたのだ。
手紙を渡した。
翼なんか見えなかった。
きみが鳥だったなんて知らなかった。
手紙のつづきをよみにきたのだろうか。
ぼくにはつづきを書けない。
書いたことがすべてだった。

 

東京最後の駅で列車が停まる。鳥は静かに飛び立った。もうこちらを見なかった。それ以来、その鳥を見ることはなかった。ぼくも探さなかった。記憶の底に隠してしまった。

 

雪が降ればいいのにと思った。でも東京に雪はふらない。