断章十三

1998年の京成線は完全週休2日になっていたから、土曜日の朝はガラガラだった。一眠りして目を覚ますと、京成小岩駅あたりで、美しい女が待っていて、ぼく以外いない車両で当たり前のように隣に座った。特に派手な感じもなく、だからといって堅いといった印象でもなく、細身で目鼻立ちの整ったショートヘアが素敵な女性だった。若いOLと最近無職になったぼくは他愛もない、というのもおこがましいような世間話をした。何を話したのかもあまり覚えていなかったが、彼女の同僚がマンションを買ったという話はよく覚えている。青砥駅を出ると押上方面に曲がり、下町へ突入していく銀色の列車だったが、その時外に見えたはずの車窓のことはあまり覚えていない。
インターネットで見つけた北京語教室はたしか魚籃坂付近だったか、小さなビルだったが台湾人や台湾好きが集まる隠れ家になっていた。そこで台湾人の先生に北京語を習った。教養が深く落ち着きがあって、ぼくの苦手な語法もわかりやすく教えてくれた。大学での成績が悪かったとはいえ、専攻は東洋文学だったから、一般の人の中ではぼくの力は抜きん出いた。でもぼくの北京語力は多分にスーのおかげだった。ついぞ使うことのなかった彼女と言葉を交わすための北京語を、それゆえに手放せずにいたのだった。
小岩の女が自らの名を北京語で呼ぶ時、口をすぼめて「u」の音を出す仕草が不器用な感じでみとれてしまう。テストもないし、できなくても気にせず雰囲気を楽しんでいるひとたちばかりだから、授業の時間は純粋に楽しかった。本屋さん、高校職員、SE、社長さんといろいろな人が集まってきた。
授業が終わると台湾人たちがたむろしていた。たまに来る客家の蔡さんは長身の方だったが、彼が娘さんを連れてきたときは息を飲んだ。モデルのような美しさでとても声をかけられる感じではなかった。そしてスーも客家だったことを思い出していた。李登輝も長身だったがスーは背が低かったなと。中華料理屋の李さんは純粋な台湾人で、メガネ姿が高校生みたいだったが、「きみは甘いです。台湾の男は徴兵があるから強いです」とぼくを諭した。北京語の先生には日本人の夫がいた。女子校の国語の先生で、見るからに優しそうな人だった。この夫婦は多分先生の方が年上だからだろう、完全に女性の方に支配権があるように見えて、そのやり取りを見ているのが楽しかった。スーとぼくとの間にもこういう可能性があったのかな、とありもしない妄想を抱いてみたものだ。それにしてもこんなところでスーと一緒にいられたらさぞや楽しかろうにと思った。1回目の失恋から半年経って、だいぶ落ち着きはじめていた。過去を冷静に振り返ることができるようになっていたのかもしれない。

当時台湾は李登輝総統の任期満了に伴う、台湾史上はじめての総統選挙に湧いていた。日本人の中には「台湾独立」を叫ぶ人たちがいて、彼らとも酒を飲んだりしたが、そういうときは決まって北京語の先生が「あれはね、ちょっと違うんですね」と言った。ちょっと違う。大きくは違わないけど違う。台湾人は周りを味方につけるのが上手だったが、同時に味方になった人たちのことをよく見ている。そしてその違和感を決して大きな声で言わない。
ぼく自身も考えていることこそ違え、台湾独立を応援している日本人たちと似たようなものだった。スーの卒業式の絣柄の袴姿。おばあちゃんのおさがりなのと見せてくれた。時計の針を何十年も戻したような風景。違和感をずっと引きずっている。「石橋さん、あなたは間違っています」黙って当時話題になっていた学術書を渡してきた。「この人が言っていることを私は言いたい」難解な本だった。スーと一緒にいた頃はなんとなく腑に落ちなかったが、一枚一枚薄皮を捲る毎にスーの思っていたことが見えるような気がした。ぼくはスーのことなんて何も知らない。台湾のことなんて何も知らない。それがなぜかぼくの生きる糧になっているように感じていた。
スーと会えなくなってはじめの半年は地獄だったが、その後の一年はぼくにとって最も幸せな期間だったようにも思える。ぼくがスーに手紙を書いたのはこの頃だった。多分北京語だった。恋文ではなかったはずだ。再会を望んでいたが、それはかなわないものと諦めていた。しかしながら、ぼくが手紙を書いて再会できなかったことなど一度だってなかった。そしてその後訪れる再会こそが大きな悲しみの引き金を引くことになる。
「きょうは4人だけだからお台場まで行きましょうよ」
通信社のYさんは多忙な人で、たまにしか教室に来なかったが、話題の豊富な教養人で、快活で格好がよかった。同時にいつも携帯電話で呼び出される可愛そうな人だった。それなのに、その日だけは大丈夫だと、先生と小岩の彼女、ぼくの4人を連れてレインボーブリッジをドライブした。人工の砂浜を見たり、おしゃれなレストランでランチを食べたりした。Yさんはもしかすると小岩の彼女に気があるのではないか?とも思ったが、何度彼の仕草を見てもそのようには見えず、ならもしかするとぼくとくっつけようとしているのかとも思ったが、それはちょっとまずいと思ったので考えなかったことにした。先生はぼくに対して、あなたは台湾人と結婚するのでしょう?と言った。相手なんていないのに。
ある日の帰り、偶然彼女と駅まで一緒だった。いつもエステとかで先に帰っていたから、とにかく珍しかった。駅に着く頃彼女は「友だちと待ち合わせをしているから」とひとこと残して駅ビルへと消えっていった。その時の横顔が今まで見たことのない失望感を湛えているように見えたから、少し判断に迷ってしまった。たしかにぼくが彼女を好きになったとしても全然おかしくなかったと思う。でも、彼女を美しくて素敵な女性だと思っていたが、全く恋愛感情がなかったのは事実だった。結局スーがいたから浮気をしなかったんだと思った。もう手が届かないところにいるんだから、そんな義理立てしなくてもいいのに、と自分自身を嘲笑った。