断章六

あなたのことをいつ発見して、いつから同じ電車に乗り始めたのかについて、全く覚えていないことに気づいた。田舎の高校から通っていたぼくは、中川の手前で通勤快速から真っ赤な各駅停車に乗り換えていた。もともとは同じ駅で急行を待っていたはずだったが、気まぐれで乗り換えた各駅停車の具合が良かったのか、ある時期から必ず同じ電車に乗るようになっていた。

ちょうど中川が新中川と分かれる場所を眺めると、ぼくはこれから東京なのだという気持ちになった。その感覚はポジティブでもなくネガティブなものでもなく、ただ日々のルーチンワークになっていた。各駅停車には大量の女子高生が乗っていた。わずか二駅だけは某女子校の専用列車のような雰囲気になって、小さな駅に到着するとわっと彼女たちが降りるので、車両はずいぶん広くなるが、代わりにその駅の乗客が列車に乗車してきた。あなたはその中のひとりだった。
ぼくはあなたをどのように眺めていたのだろうか。正面から見ると少し上目がちで車窓から移ろう景色を眺めているように見えた。目は切れ長というほどではないが、丸く大きいというほどでもなく、ただ黒かった。鼻はあまり高くなく顎はとても小さかった。ショートボブは黒髪で額を隠していたが、その黒さが真っ白な肌色をさらに白く見せていた。
後ろから眺めたこともあった。首を隠す程度の黒髪と濃紺の制服、そして真っ白で細いふくらはぎが見えた。制服はセーラー服だったのだろうか、少しゆとりのあるデザインだったから、包まれている身体がより一層細く感じられた。
しかしながらほとんどのケース、ぼくはあなたを側面を見ていた。濃紺で地味な制服と、低い鼻と小さな顎、真っ直ぐ見つめる視線、いや、ぼくはそれほどまじまじとあなたを眺めていたわけではなかった。本当はその影だけを感じていたのかもしれない。


千住大橋

あなたは駅に降りると
足早に上り方面へ足を向ける
僕も同じように上り方面へ足を向ける
下りの方向にあなたを見なかった
あなたの記憶はたしかに上りにしかなかった
その先には川があった
その先にぼくの憧れたほんとうの
東京があった
ただ、その方向には
朝の灰色の空以外にはなにもなかった
濃紺のセーラー服
胸元の赤いリボン
あなたはずっと前を向いていて
その瞳をあわせたことはなかった

アメリカが中東にミサイルを打ち込んだ
グラディウスはゲームの世界だと思った
バブルが弾けた
でも六本木は知らない世界だと思った
もうすぐサリンが撒かれる
明日地面が大きく揺れるとしても
明日核ミサイルが落とされるとしても
全く不思議のないこの世界で
ぼくたちはただ灰色の空を見ている

ぼくたちはいつも隣の車両を選んだ
町屋の斎場が見える
ぼくの記憶には青空がない
いままで気づかなかった